ウンベルト・エーコの本
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    今月、NHKのEテレ「100分de名著」ではウンベルト・エーコの「薔薇の名前」を取り上げている。

    セットは図書館の談話コーナーのイメージで、背景には本がたくさんある。ゲストにカメラが近寄る時はその人の著作の表紙が見えるように置いてあったりと、かなり本選びには気を遣っている。
    一方、手前はその時に扱っている著者の他の作品が日本語、原書、他の言葉への訳書がある場合はそれも並んでいたりする。

    今月のウンベルト・エーコはさすがイタリアの人だけあって、表紙デザインが一つ一つとても目を引く。その中でも「ウンベルト・エーコの小説講座」  がとりわけ私の目を引いた。

    ダヴィンチ・コード  で有名になった記号論も気になるが、この小説講座も気になる。

    さて、またほしい本が増えてしまった。嬉しい悲鳴だ。
    カテゴリ:本棚 | 04:28 | comments(0) | - | - |
    読みかけの本
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      一昨日、断捨離が進まないと書いたが、その原因の一つは本であるのはわかっている。

      入手した時はおもしろそう!読みたい!と強く思ったから手に入れたのだが、いざ手に入れてみると、もっと前からある、同じくらいまたはそれ以上に強く興味を引かれた本が順番を待っていて、直ぐに手がつけられない。
      そして手をつけずにいると、また次の新しい刺激が仲間入りするのだ。

      それである時、毎週決まった曜日に本を読み始めることにした。
      そして読み終わらなかったら、その時点でさようならしよう、と。

      これは半分だけ守っている。毎週決まった曜日に新しく本を手にとるようになった。
      のだが、やはり読み始めると、どの本も入手しようと思っただけあり、または私をよく知る人から来た本だけあったりと、読書途中で手放すのは惜しい面白さなのだ。

      なので、その本は読みかけのままベッドサイドに、ソファの隣に、本棚の手前の方に、鞄の中に、台所に、定位置が定まる。いつでも読みたくなったら手にとれるように。

      しかし、あいにく、夜は寝つきがよく、ソファに座ると遊んでほしい愛猫が膝に飛び乗り、外出は徒歩か車がメインなのでなかなかページが進まない。

      これをどうにかできないものだろうか、と、ネットの片付け記事を片っ端から読むのだが、子供がいる家庭の片付け方だとか、物の定位置が定まっていない人向けの片付け方などで、あまり参考にならない。

      第一、「一年着なかったらその服はもうさようならしてもいい」というのは毎年、同じだけ暑くなる日本にいるからこその定義であって、今年は猛暑だったが、来年は夏が来るかどうかわからないイギリスでは半袖はそう簡単に捨てられないのだ。実際、今年はもう何年も前から捨てようと思っていたTシャツやポロシャツにずいぶんと助けられたものだし。

      本当に物を減らすのは難しい。いっそのこと断捨離期間とか設定しないほうがいいのかとも思うが、となると、自分が爆発するまで断捨離はできず、かえって効率が悪い。
      意志はあるのだけれど…
      カテゴリ:本棚 | 03:57 | comments(0) | - | - |
      きいろいゾウ
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        稲垣吾郎がジャニーズ事務所を離れてから、変わったことといえば、作家たちとの「共演」が多くなったことじゃないかと思う。「ゴロウデラックス」はなかなか見る機会がないけれど、昔から好きな番組で、よく見ていたこともあり、若手作家たちと吾郎さんが懇意にしているのを微笑ましく思っていた。

        作家たちの中でも特に社交的なのがテヘラン生まれの西加奈子らしい。愛猫家の彼女の元に作家仲間が集まって食事会をしたり、お花見をしたりしているそうだ。そこに吾郎さんも違和感なく交っているのが目に見えるようだ。って特番で見てるな。

        その西加奈子の「色」シリーズの一つが「きいろいゾウ」 である。

        これは宮崎あおいと向井理で映画化されている 

        ツマ(妻利愛子)の見た日常をムコ(無辜歩)が記録している二部形式。それぞれ一人称。プラス、ムコさんの日記じゃない部分と、絵本の童話の部分。童話はそれぞれの章の間に挟まっている。ただ、この童話(?)は漢字こそ少ないけど、語彙が難しく、一体何歳の子供を対象にしたお話なのか、はっきりしない。カタカナの使い方が面白い。

        「最近私は一人になることをずいぶんおろそかにしてる。敬遠してるといえばいいのか。」(P.184)
        最近どころか、もっと長く、何年単位で一人になることをおろそかにしている。むしろ恐れているとでもいうべきか。だから、少しずつ自分と二人きりになる練習をしている。

        解説(P.488)から
        「謎解き」はミステリーの専売特許のように思われているかもしれないが、そうではない。いい小説には、必ず「謎」が用意されていて、読者を物語の中に誘う。読者は「謎」を通じて、著者と一種の共犯関係を結ぶ。
        カテゴリ:本棚 | 05:43 | comments(0) | - | - |
        真昼へ
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          津島佑子が1988年に書いた私小説的作品。 

          1988年に書かれた文学なのだが、今でいうとファンタジーになってしまうのではないだろうかと思うほど、定まらない。夢なのか空想なのか、過去なのか今なのか。

          1985年にまだ10歳に満たない息子である「あなた」を亡くした時の、身を割かれるような苦しい思いをどうして綴るのだろう。綴ることで落ち着く気持ちがあるとはいえ、小説として世に出すにはそんな素人の日記のレベルはとうの昔に超えていて、自分の心さえも他人のもののように観察し、息子と兄や父(太宰治)の死や母との関係を含めて描けるほど落ち着いていなければできないだろう。それを3年やそこらのうちにするとは。

          でもだからこそ時空間が歪むのかもしれない。

          泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、後悔して、泣いて、泣いて、泣いて、後悔して、泣いて、泣いて、泣いて、後悔して、分析して、泣いて、泣いて、分析して、泣いて、後悔して、泣いて、分析して、泣いて、分析して、泣いて、分析して、落ち着いて、書き始めて、泣いたのだろうか。

          「もう甘えちゃいけないんだってことが、分からないのか。お前のお母さんはやっと、安らいだ生活を手に入れることができたんだ。お前の顔などを見たら、それが台無しになるんだ。あれは、あの人だけの家なんだから、それを忘れるなよ。」P.140
          を読んで、親の家は勝手に片付けてはいけないのだ、と腑に落ちた。

          彼女は東日本大震災の後、震災文学に参加している社会派でもある。読んでみたいのはこの本 と遺作であるこの作品

          どうしても異母妹の太田治子と比べられることが多いので、太田治子も読んでみたいと思う。
          カテゴリ:本棚 | 03:10 | comments(0) | - | - |
          読書時間と隙間時間
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            夏の間は忙しかったこともあり、全く顧みていなかったキンドル。
            そういえば、電池はどれぐらいあったのだろうかと確認したら、虫の息。
            紙の本は電池不要だし、タブレットは他の使用目的があるので定期的に充電されているが、私のキンドルは本専用なので忘れられやすい。

            そういえば、と、これまたまた急に思い出して今年読んだ本リストを確認する。

            最後に読んだ本は6月8日だった。なんとまぁ!基本的に乱読で一度に数冊読みかけの本があるにもかかわらず、10週間以上も読み終わった本が一冊もないなんて。

            どれも区切りのいいところまでは読んでいるのだが、その前の記憶がいい加減だったり、そんなのはまだいい方で、さっぱり思い出せなかったりする。

            やはり定期的に読書時間をとらないといけない。それも寝る直前だけでなく、もう少し早い時間に。

            そこで目をつけたのがランチタイム。つい動画を見てしまうのだが、食事が終わっても番組が終わるまでついダラダラと見てしまう。それだけで終わればいい方で、テレビが主役になってしまうこともある。

            そして後悔するのだ。

            しかし、これが読書だったら。
            食事が終わったところで終わり。区切りのいいところまで読むにしてもせいぜい数分か長くて十分。読書はテレビに比べて自分でコントロールしやすい。

            そうやって昼間を読書の時間にしたら10日で6冊読了。

            9月からはこの方法で行こうと改めて決心した。
            今度は書評を書く時間をちゃんととらないと…これもまた工夫が必要なんだけどね。
            カテゴリ:本棚 | 04:00 | comments(0) | - | - |
            きのう何食べた?14巻
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              やっと入手できた「きのう何食べた?」の最新巻。
              レシピがメインのストーリーとうまく絡み合っていて、漫画としても面白いし、レシピとしても役に立つ、一冊で倍の楽しみがある本。

              実際、この漫画に出ていた春巻きやカブとエビの煮つけ、たたきキュウリは何度も作ったし、野菜の揚げ・煮びたしや白だしを使う副菜は既に自分のものとなっている。

              レシピも兼ねているので、材料は細かく書いてある。それでも「適当に」「冷蔵庫にある調味料全部」とか「なくてもいい」と、漫画として読んでいても邪魔にならない作りなのがいい。

              レシピ本として秀逸なのが、既製品の「〇〇の素」や「〇〇セット」を使わないこと。めんつゆやカレールーは使ってるけど、それだけではなく、他に何か一工夫している。

              どうして使わないのかと不思議に思っていたけど、それはレシピ本としてのクオリティーを高めるためというよりも、大人二人暮らしのリアリティーなのだと気がついた。

              というのも、私が日本製のそういうものをあまり使わないのは、単に割高でしか手に入らないからなのだが、日本に住む働く大人がそれを使わないのはどうやらその量にあるんじゃないか。もちろん倹約家という設定というのも大きいだろう。

              カレーのルーは16皿分入り。半分残すにしても8皿。肥らないように気をつけている大人の男二人が二晩続けて食べるとしても4皿超えるかどうかだろう。それでも残りの半分は余るし、朝はパン食派の彼らがカレーがあるからといってそんな重いものを食べるとは思えない。

              そして作る人である筧さんは料理が好き。毎回なんだかんだと理由をつけては副菜を手早く2−3品作っている。そんな人が4日もメインをカレーで済ますはずがない。

              カレーだけではなく、麻婆豆腐などの中華系だって3−4人前ということになっている。便利で手早くできるが余剰が生まれる。味も均一だ。別な巻ではアジアン鶏飯を作っていたけど、こういうのは使っていなかったし。便利だろうけどね。

              それらの要素と毎回計量したり先に混ぜ合わせておいたりする手間を天秤にかけて、彼はきっと市販のものを使わなくなったのだろう。実際、14巻には彼が計量していると断定できるカットがない。

              ふむ、なるほど。
              カテゴリ:本棚 | 15:10 | comments(0) | - | - |
              ぱらいそ
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                相対性理論のファンであることではナカマである、今日マチ子さんの作品。


                表紙を見てもわかる通り、そしてこの時期に読んだり紹介したりするにふさわしいキノコ雲が表紙。原爆だけではなくて、神経ガスらしきものも使われている。これは長崎だけではないよね。21世紀にも使われている恐るべき兵器。

                はい、戦争モノです。
                夏休みの読書感想文として提出するには許されない学校あるかもしれないけど、それでも読んでほしい、老若男女問わず、読んでほしい作品。

                とはいっても、やっぱり戦争を知らない世代には読んでほしいかな。女性は分かりすぎてヒリヒリするかもしれないけど、男性にも読んでほしい。
                そしてこの登場人物のように強く優しくなってほしい。

                まぁ、平和しか知らない世代(って今の日本の人口の大多数だけどさ)の男性に全てを包み込めというのも男性に対する過剰な期待や妄想のような気がするけれど、それは一つのファンタジーとして認められるべき。だって女性は男性のファンタジーを生きてばかりなのだから。

                読んでる時は沖縄だと思ってた。

                南国の太陽、ビーチという能天気なイメージにも裏はある。
                カテゴリ:本棚 | 05:51 | comments(0) | - | - |
                わかりあえないことから −コミュニケーション能力とは何か
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                  平田オリザの本。

                  私がモノ知らず過ぎるのかもしれないけど、まず驚いたのが、平田オリザが男性だったということ。確かに性別不詳の名前ではあるけれど、どうして女性だと思っていたのだろう?
                  ま、いいや。
                  まえがきからとても厳しく、真摯に、コミュニケーション、価値観、教育について論じている。

                  「ロジカル・シンキング、クリティカル・シンキング、グローバル・コミュニケーション・スキルといった言葉が踊る昨今の現状にはたしてそれだけで大丈夫なのか」(まえがき)とても厳しい。

                  「日本の社会自体が、すでに成長の止まった社会なのだから、人を蹴落としてまで出世しようとする考え方よりは、限られた富をいかに分配して持続可能な社会を作っていくかを考えた方が、社会全体にとってはいいはずなのだ。」(1章)分配せずに独占しようとすると、持続不可能になる。社会が持続不可能ということは…

                  「そこ(昔の試験)で問われていたのは「学力」ではなかった。そこで問われていたのは「従順さ」と「根性」だった。教師から、「期末試験に出すから、教科書のここからここまでを覚えてこい」と言われて、それを素直に履行できる従順さと、それを時間内に覚えきる根性が問われていた。」(3章)従順さも根性もない学生だった私は…

                  「コミュニケーションはそれ自体がそれぞれ独自の文化と呼べるものだから、善し悪しではないし、まして優劣ではない。(略)欧米のコミュニケーションが、とりたてて勝れているわけでもない。だが、多数派は向こうだ。多数派の理屈を学んでおいて損はない。」(6章)その前後にも「魂を売り渡すわけでも相手に同化するわけでもなく、マナーとして学ぶ」重要さが繰り返されている。コミュニケーションは言葉ではなく、思想だ。その多数派の考え方をもっと時間をかけて学校では教えてほしかった。文法も単語も、イギリスに来てから身につけたものの方が、日本で勉強したよりもはるかに多いのだから。
                  カテゴリ:本棚 | 05:26 | comments(0) | - | - |
                  岬・中上健次
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                    中上健次の私小説ともいうべき小説で、1976年発行。芥川賞受賞作。こちらは彼の中学一年の時に書いた作文からはじまり、芥川賞候補作が三作品、そして受賞作の「岬」までが収録されている。  この先、ネタバレが含まれています。

                    中上は部落の出身で、部落のことを「路地」と表現する。異父兄姉、異母妹弟、母の再婚相手の連れ子、早くに亡くなっていたり、自殺した異父兄など、この作品に出てくる設定はほとんどが彼自身、実体験しているものらしい。

                    話はどこまで現実に中上健次に起こったことなのか、どこから作家の創作なのかよくわからないのだが、複雑な家庭の姉弟たちがその親戚や地元の人々に起きたことを描いている。一人だけ尊敬されていない父を持つ秋幸の血のつながっていない家族への愛情と、血のつながっている父親に対する憎悪。最後は異母妹らしき女性により、童貞を捨てるところで終わるので、父への復讐のようでいて、同一化のようにも見える。
                    昭和の作家(それでも史上初の戦後生まれの芥川賞作家らしいが)の言葉遣いが感じられる。例えば「地虫」とはコガネムシの幼虫のことで、「葦むら」は「草むら」の「草」に対しての「葦」か。これは作者の造語なのか、当時の普通名詞なのか。

                    登場人物が複雑なのはそういう家族を出したいのだから仕方がないとしても、読みにくかったのが主人公をはじめとする名前と代名詞。主人公の名前が「秋幸」だとわかってからも「彼」と書いたり(P.180)、「彼」にとっての「姉」だというので美恵のことを「姉」と表現している。が、下記の場合、行為者は美恵の姉に当たる芳子なので非常に読みにくい。

                    芳子は、膝にタオルを置いて、果物をむいていた。四つに割り、ひとつを彼に、ひとつを姉に差し出した。要らない、と姉は首を振る。「たべんと、あかんよお」と芳子は言った。(P.248)

                    「家事にも人殺しにも、それぞれ捜せば、理由なり原因なりがあるだろうが、その本当の理由は、山と川と海に囲まれ、日に蒸されたこの土地の地理そのものによる。すぐ熱狂するのだ。」って、地理の問題か?(P.228)
                    カテゴリ:本棚 | 01:39 | comments(0) | - | - |
                    さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0
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                      仕事や人生の迷いや不安が雲散霧消、とは言い過ぎだが、自分比ではかなりスッキリするのを助けてくれた本の新版。2017年発売。 

                      自己確信、内省、成長促進、最上志向、戦略性などの言葉が並ぶ、自己啓発系の本(と診断)なので、結局は自分を高めるためのアドバイスに行きつくのだが、その根本には「今の自分でいい」という肯定感があり、自分の「何が」いいのかを具体的な34の資質の中から診断するテストを受けることができる。

                      ただし、診断結果全体像を知るには更なる課金が必要になるが、どうせ一度しか受けないのだから全部見ておけばいいと思う。何年か経って再受験しても人間の本質は変わらないのだから結果は変わらないそうだ。最初は「もちろん半年や一年では変わらないだろうが、何十年もしたら変わってくるだろう」と思っていた。しかし、よくよく考えてみたら、最強と最弱のカテゴリーに入らない資質に関しては周囲環境やライフステージの変化によって影響があるかもしれないが、持って生まれた気質や癖のようなものは三つ子の魂百まで。上位5つの資質が劇的に変化することはないだろう、という結論に達した。

                      もう一つ、この本を読むのに気をつけたいことがある。これは翻訳本であり、元の言語は英語である。原語のニュアンスを伝えきれていない資質名があるので、日本語だけを見て違和感がある場合は英語も確認してみるといい。すると説明と資質名の間にあったギャップがなくなるか、納得がいくようになるはず。

                      結局は自分で決めて動き出さないといけないので、他力本願でどっぷりすがるタイプの人にはお勧めしないが、どこに向かったらいいのかわからない時、向かっていた方向に疑問を持った時、自分の持ち物を確認するのに有効な一冊。
                      カテゴリ:本棚 | 02:49 | comments(0) | - | - |
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